雑記 in hibernation

頭の整理と備忘録

THE FIRST SLAM DUNKを観た

読んだ(※)ので、観に行きました。観賞後の所感を書き散らします。ネタバレありです。


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※「読んだ」の話はこちら→ SLAM DUNKを読んだ - 雑記 in hibernation


第一印象を大事にしたかったので、パンフレットやインタビューなどの周辺情報を入れないうちにババっと書きました。今後情報を仕入れる中で気持ちが変わったら適宜加筆修正するかもです。

まず結論として。最高でした。未体験の方は、こんなブログどうでもいいからブラウザバックして、amazonで原作全巻ゲットして、読んで(既読の方は読み返して)、そして映画館へGO。


矛盾した脳内映像

原作漫画の執筆において、おそらく井上雄彦先生の脳内には矛盾したイメージがあったはずです。その矛盾とは、フィクションとしての誇張・カリカチュアと、現実の競技としてのリアリティです。その矛盾を孕んだ脳内映像が、井上先生の卓越した漫画力によって出力されたのが、原作の山王戦だったのでしょう。それは、強者どもが押し合いへし合いして生まれるバイタリティに満ちた試合のリズム感や、集中の境地で競技者が体感する超現実的な時間の流れを、読者に否応なく押し付ける圧倒的な迫力を持っていました。そして、無謀にもその「井上雄彦の脳内イメージ」の映像化に挑んだのが、今回の映画作品だったのだろうと思います。監督は、他の誰でもない井上雄彦その人。果たしてその結果は、井上雄彦自身の頭の中にしか存在しない「正解」が、ほとんどそのままダビングされたのではないか、と思えるほどに唯一無二な映像作品となったのです。

フィクションに嘘は付き物です。描写の嘘、つまりパースやエフェクトが非現実的であること。そしてキャラクターの嘘、つまりセリフや動きが非現実的であること。リアルな競技の軽快なテンポ感の中に、自然なバランス感覚で組み込まれたこれらの嘘は、まるで実際の競技を鑑賞しているかと思うほどにリアリティのある試合シーンに、実写では不可能なアニメーション表現ならではの華を添えます(であるが故に、盛り込むことを諦めた名台詞、名シーンも多々あったことでしょう。英断だったと思います)。その「現実」と「嘘」のマーブルが、試合が進みテンションが高まるにつれ加速していく。そして、とうとうアニメーションが「写実的」と「漫画的」の完全な融合を以って極に達する瞬間こそが、クライマックスの無音の数分でした。

思い返せばオープニング。The Birthdayの無骨なガレージロックをバックに湘北のスタメンがひとりづつ描き出されて登場。そして5人が揃い(「ワルモノ見参!!」と、僕には聞こえてきました)、そして同じく線画で描かれた山王メンバーと向き合う。試合が動き出す。この冒頭の一連のシーンは、まさしく「井上雄彦の絵を漫画と写実の間で動かす、そういう映画がこれから始まりますよ」という宣言でした。そして、このシーンで感じたワクワク感と期待感を、さらに超える体験がその先に待っていたのですから、たとえその仔細に小さな傷を一つや二つ見つけようとも傑作であることは否定しようがない、と僕は思っています。


昇華される「俺にとってのスラムダンク

本作は、原作漫画の最後の試合にあたる山王戦と同時並行で、原作では深掘りされることがなかった宮城リョータのバックボーンを語る、という形でストーリーが進んでいきます。また、原作を補完するような形で宮城と4人の湘北スタメンとの関係性に触れ、それぞれの苦悩や葛藤、そしてそれを乗り越える様子を試合の経過とリンクさせて描くことで、試合の盛り上がりに対してより強いカタルシスが得られる構成になっています。

正直に言って、この劇場版は作品単体で楽しめる作りには、到底なっていないと思います(そしてそれは、どうやら作り手の狙いとは異なるようです)。なぜなら、至る部分で明らかに説明が不足しているからです。特に主要キャラクターに関する基本的な説明描写がほとんどないため、各人物の動機や行動原理が理解しにくく、状況把握や感情移入が難しい作品になってしまっています。そのため本作は、あくまで原作漫画の読者が原作のストーリーを踏まえた上で、宮城リョータの視点から原作の行間を埋めていく、という見方をして初めて成立する作品になっていると思います。

しかし、一度開き直ってそのような視点で眺めてみると、原作ファンから見ればこの上なくエモーショナルな作品であることも確かです。宮城を中心として描かれる湘北メンバーの姿を通して、観る側は原作に対する個々人の想いを、本作の山王戦の行く末に重ねることができます。その想いとはつまり、この映画の枠に収まらない「スラムダンク」という作品を通したこれまでの体験(それは、ある人にとっては「青春」、またある人にとっては「人生」かもしれません)の全てです。宮城を中心とした湘北バスケ部の物語は、そうした観る人それぞれの「俺にとってのスラムダンク」を乗せて、最後には言葉や意味を超えた最高の映像表現に(そして本当に本当の最期には、静寂と空白に)昇華されます。これは本当に、言葉に尽くせない体験でした。今年になって(今更ながら)原作を履修し、それと立て続けに映画を観た程度の僕が、後半ではなんだかわからないうちに涙を流しながら試合に見入っていたのですから、かねてより原作に強い想い入れを持っていた愛好家ならば、ことさらに強い感動を味わったことでしょう。

ともすれば地味な絵面にもなりかねない、あくまで現実に準拠した競技シーンがこれほどまでに強い感動を喚起する。その理由として、アニメーションの素晴らしさはもちろんのこと、それに加えて上で触れた通り、試合とドラマを並行してリンクさせて語る構成によるところがとても大きいと感じました。そしてその構成が成立するのは、原作漫画の時点で、山王戦がまさしく人生の縮図と言えるほどにドラマティックだったからかもしれません。さらに超余談というか蛇足ですが、この構造は僕がパッと思いつく限りだと『スラムドッグ・ミリオネア』に似てるなと思いました。ただし『スラムドッグ・ミリオネア』は、中盤までミリオネア側のドラマ性が希薄で、回想パートの間を繋ぐブリッジ程度の役割に落ち着いています。その点では、ゲームと回想の両サイドとも、それぞれが最初から最後までしっかりと「惹き」を持ち続けている『THE FIRST SLAM DUNK』は上手い構成だなと思います。


ほんの些細な粗探し

上に書いた通り、劇中における説明の少なさゆえに、僕は原作未読の方に本作をお勧めすることはできません。この点で、個人的には同じく大ヒット漫画のアニメーション映像化作品である『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』を連想しました。詳細は以下のリンク先に任せて、この場では説明を省きますが、ざっくり言えば『無限列車編』は劇場版を単品の劇映画として成立させる気が皆無という、大変に潔い構造の作品でした。

filmarks.com

しかし『無限列車編』との差異として、『THE FIRST SLAM DUNK』には独立した一本の映画として成立させようとする意思が感じられます。単に総集編ではなく、原作で深掘りされていない宮城リョータに「語りしろ」を見出してストーリーの主軸としたこと、そして彼のストーリーはまさしくこの劇場版とともに始まり、その終劇と共に見事に幕を閉じた(そして新たな物語が始まった)ことが、その表れです。また「問題児」であり「惚れた女がきかっけ」で高校バスケにうちこむという、主人公の桜木と多くの共通項を持つ「裏主人公」的なポテンシャルを持つ宮城は、しかし桜木とは違った形でバスケットボールに救われたキャラクターであることが本作で判明します。この面でも、本作は原作と異なる新しい視点の『THE FIRST SLAM DUNK』として、独立した一つの物語としての意味を持っています。

しかし、それならば尚のこと、種々の説明不足やそれに伴う唐突感は気になるところです。原作未読のまま劇場版を観た人からすれば、桜木花道は終始ふざけたヤカラにしか見えず、感情移入の余地がないのではないか。三井が更生した理由も経緯も全く謎。最後のシュートや、桜木と流川のタッチにどれだけの意味が込められているかも、きっと量りかねることでしょう。

演出でも違和感を覚える部分がありました。例えば、ゴールの瞬間をリプレイする演出は、それまでのトーンに対してクサすぎるように感じました。また、重要な場面で度々挿入される過去のシーンやセリフのカットバックも、くどく感じました。総じて試合中の「音」の使い方は素晴らしく、臨場感あふれるSEは言うに及ばず。特にここぞというタイミングでかかる10-FEETの『第ゼロ感』を始めたとした楽曲達には、幾度も興奮させられました。しかし、試合以外のシーンでは同じような音楽(ピアノの「ポーン」や、ギターの「ジャラーン」)が「またか」と思うほど使い回されていたのは少し気になりました。

ちなみに、僕が鑑賞した環境はドルビーシネマだったので、普通の映画館よりも臨場感のある音響で楽しむことができたかもしれません。今のところ普通の設備と比較して観ていないので、実際のところどの程度差があるのかはわかりません。


結論:最高です。観てください。

粗を探せば上に挙げたようないくつかの不満点は感じるものの、そんなのは瑣末なことです。観ない理由にはなりません。映画体験としては文句なしに最高でした。原作ファンの方は、僕なぞに言われるまでもなく鑑賞済みだと思います。原作未読の方には、ぜひ漫画を読んで、それから映画館に足を運んでいただきたいです。劇場公開が終わる前に、さあ、早く。


「おい、チケット買っとけよ」「明日観るんだろ?」