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頭の整理と備忘録

カンディンスキーのコンポジションと言語表現との類似性

ロシア出身の画家のワシリー・カンディンスキーは、抽象絵画の先駆者として有名です。その作品は直線や円が重なって散りばめられた幾何学的な雰囲気が印象的で、素人目に見てもThe・抽象絵画といった様相です。没後何年か経って日本ではパブリックドメインになってるみたいなので掲載します。百聞は一見にしかず。

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ワシリー・カンディンスキーコンポジション VIII」 (1923)


抽象絵画というのは素人からするとなかなかとっつきにくく理解が難しく思えますが、「そもそもなぜこんな絵を描こうと思ったのか」という動機は殊更に我々一般市民には想像の及ばない点ではないでしょうか。この記事では、抽象絵画の父たるカンディンスキー抽象絵画を描くモチベーションと、抽象絵画理論の構想と言語表現との類似性を簡単にまとめます。

元ネタはこちら。


絵画における基本的要素

カンディンスキーは絵画における表現を「基本的要素」に分解してそれぞれが与える印象を解釈・分類していました。「基本的要素」は「色彩」と「形態」に分けられ、例えばそれは前者では「黄と青」の差に「寒暖」の区別を見出し、後者では「正方形の中心からズレた位置に存在する点」は「不安定」を、「垂直線」は「無限の暖かい運動性」を表す、といった具合でした。そして、カンディンスキー抽象絵画はこの「要素」の「組み立て(コンポジション)」によるものでした。こうして描かれる抽象画は、具体的に描画する現実や想像の対象を持たないという点で「非対象絵画」であると言えます。カンディンスキーが描かれる具体的対象を伴った「対象的絵画」でなく、要素によって構成される「非対象絵画」へ赴いた動機は、具体的対象の持つ文学的内容を排除する点にありました。


純絵画的手段としての非対象絵画

具体的な対象、例えば「木」や「家」といったものは、多かれ少なかれ既に何かしらの文脈や習慣を伴った意味(文学的内容)を持っています。対象的絵画の中では、常にこの「文学的内容」がまた多かれ少なかれ表現として主張を持つことになります。これに対してカンディンスキーは「純絵画的な手段」として「文学的内容」を排するために、具体的対象ではなく先述の「要素」と「コンポジション」を描いたのです。そして、使い慣れた「文学的内容」を失うことで、画家には想像力を働かせる無限の可能性が生まれるとも考えました。

なお、これはあくまで「非対象絵画」を描く動機であって、「対象的絵画」の否定ではありません。抽象具象を問わず描かれるものの印象を具体化する目的で、その表現を模索するという点で両者には区別はないものであると言います。

また、カンディンスキーコンポジションの理論をさらに体系化していくことを構想します。そしてその理論の課題として「組織的な語彙表を作成すること」「文法を案出すること」を挙げます。このような絵画表現の体系に対する言語さながらの考え方からも見て取れるように、カンディンスキーの絵画表現における「要素」や「コンポジション」といった概念の捉え方には言語体系との類似性を見出すことができます。


コンポジションの理論と言語体系

言語の構成要素としての「文法」「語彙」(ソシュール風に言えば「連辞」「連合」)は、まさしくカンディンスキーの絵画表現における「要素」と「コンポジション」の理論に相当します。また、要素の感情への働きかけは(それは言語表現とは異なるレベル感であれ)一定の意味を擁していると解釈できます。

カンディンスキーが言語表現と絵画表現を並列して捉えていることは、表現におけるスタイルの変遷に対する考え方からも裏付けられます。

カンディンスキーは、絵画表現の体系を構想する一方、その表現方法が無限にあることも認めています。その上で、構想が単に無謀で実現不可能なものではなく、芸術家が無限にある抽象形態の中から一部を選択することで成り立つと考えます。この点で、カンディンスキーの構想する表現体系には時代や個々の画家により移ろうシステムあるいはスタイルとしての性格を見ることができますが、これは言語体系における共時態(ある時系列断面での体系)と通時態(体系の一連の変遷)や、メルロ=ポンティの言う「創造的な言語使用」に相当する意味合いに解釈できます。

絵画表現を単位に分解しそこに意味を付与することでカンディンスキーが構築しようとした表現体系は、ソシュールメルロ=ポンティが考察した言語体系と様々な面で類似性が見られるのでした。


個人的メモ

僕が高校〜大学生くらいの頃、やたらとインスト(歌がない曲)に拘って曲を聴いたり作ったりしてた理由と一緒でウケた。考えることはだいたいみんな一緒ですね。