雑記 in hibernation

頭の整理と備忘録

2021年 - 今年出会った3×3【書籍編】

今年出会ったものの中で特に印象的だったコンテンツについて、書籍・音楽・映画の3つのトピックそれぞれで3冊・3枚・3本に絞ってまとめておきます。今年リリースではなく、あくまで「今年僕が出会ったもの」なので、基本的にリアルタイム性は皆無です。

最後は【書籍編】です。


幸福とは何か - ソクラテスからアラン、ラッセルまで / 長谷川 宏 (著)

西洋哲学史における「幸福」に関する議論を追うことで、幸福とは何か、どうあるべきかを論じています。本書では、冒頭で幸福という言葉の持つイメージが先んじて提唱され、それを是とした上で、そのイメージに適うかどうかという基準で西洋哲学諸説の批評が進められる構成になっています。したがって、客観的かつ体型的に幸福の定義や要件が論じられるような内容ではなく、「幸福論」の展開としては、正直なところ雑な印象を受けます。体系的な議論を求めるのであれば、ほぼ同名の以下の書籍の方が内容が合っているかもしれません(未読ですが、レビューを見る限りは幸福のエッセンスを要素分解して思考実験と共に分析していくような内容っぽいです)。

ではなぜ本書が殊更印象的だったかというと、「幸福をどう捉えるか」という命題を軸に、哲学史の概観が程よくまとまっていると感じたからです。 これはほぼ個人的な事情なのですが、僕の把握する哲学史というのは概ね木田元の『反哲学入門』という書籍がベースになっています。この本ではプラトン的な流れにある哲学的思想と、アリストテレス的な流れにある反哲学寄りの思想の間で西洋思想がどのように変遷していったか、という整理で西洋哲学史を俯瞰しつつ、一方で哲学的思想がグローバルにみて如何に特殊な世界観であるか、というメタな視点からも語られる大変興味深い内容なのですが、書籍の中では近代哲学としてデカルトやカントには触れつつもイギリス経験論は(確か)あまり触れられておらず、その後もあまり経験論に触れる機会もなかったので、今ひとつイメージが持てていない状況でした。

一方で『幸福とは何か』では近代哲学としては大陸合理論よりもむしろイギリス経験論やアダム・スミスまでを中心にフォローされており、なんとなーく思想の潮流を感じ取ることができました。

ということで、めちゃめちゃ個人的な事情込みですが、普段とは違った点から西洋哲学史をおさらいする意味で有意義な内容だったと思います。


首都圏「街」格差 「住みたい街」の賞味期限 / 首都圏「街」格差研究会 (編集), 青山 誠 (著)

芳しい煽り臭に思わず眉を顰めてしまいそうなタイトルからも想像できる通り、首都圏の主要な街を対象に、それぞれの街の現状や評判、将来性などを並列的にまとめた書籍です。Amazonレビューもよろしくないし、一体誰が読むんだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。実際、現地に行くまでもなくググれば出て来るレベルのクソ薄っぺらい説明に終始している街もあります。しかし侮るなかれ、いくつかの街では過去の都市計画や街の成り立ちから現在に至るまでの歴史まで触れられていて、玉石混合の”玉”の部分がとても興味深いのです。

例えば吉祥寺。かつて歓楽街であったことから安価な物件が多く、ニッチ向けの個人商店が多かった吉祥寺は環境浄化と共に家賃が高騰、その結果として個人商店が撤退し、現在ではチェーン店だらけの普通の街になってしまったのだそう。それから恵比寿。地理的に水路に恵まれていたことがきっかけで恵比寿ビールの製造が始まり、そのブランド名に倣って後から「恵比寿」という駅名ができたそうですよ。

こういう街の歴史って面白いですよね。新大久保はなぜコリアンタウン化しているのか、とか、お茶の水に楽器店が集まってるのなぜか、とか。街がその街たる性格を持つに至る必然性って不思議じゃあありませんか。その手の話にめちゃめちゃ興味あるのですが、僕が探す限りでは関連する書籍が見つけられないんですよね。近いテーマでは以前読んだもので『歌舞伎町はなぜ<ぼったくり>がなくならないのか』という書籍がありまして、歌舞伎町の成り立ちに触れられていて大変面白かったのですが、まあ僕が把握する限りではそれくらいですね。他になにか面白い本あったら教えて欲しいところです。


実存と構造 / 三田 誠広 (著)

本書では「実存主義」と「構造主義」という思考のフレームワークを解説し、それが中世から近代、現代と時代が進む中で文学にどのように表出してきたかを論じてます。

簡単に説明すると、「実存」とは個々の主体やそのストーリーであり、「構造」とはその集合で、時には何かしらのアナロジーを元に実存同士が整理されたもの、とでも言いましょうか。例を出すならば、例えばドラえもんの各話は「実存」で、それらが一巻にまとまれば「構造」となります。

もっと身近な考え方をすれば、我々が生きるそれぞれの人生は「実存」です。しかし、例えば誰かの人生の一部がドキュメンタリーとして共有されアーカイブになれば、自分以外の人生を俯瞰したり、それらの共通項から何かしらの発見を見出そうとしたり、といった形でそれぞれの人生が「構造」として整理されます。

実存主義構造主義は表裏一体です。実存的な視点では、人の選択は限りなく自由です。一方で構造の世界では、人の振る舞いは悲劇も喜劇もパターン化されてしまいます。自分にとってオンリーワンでも、1億6千万人の中では「よくある人生」です。この2つの視点に優劣はありません。それよりも、視点を使い分けることで、より良い人生を送る手助けになるかもしれません。実存主義は当事者として可能性を切り開く視点であり、構造主義は俯瞰した視点で出来事を冷静に受け止めて分析する視点だからです。

本書の印象が特に強かった理由は、そもそも僕の頭に「実存と構造」という対立構造のフレームワークがなかったため新しい思考の枠組みとしてとても新鮮に感じたからです。また、その対立構造が時々の文学作品でどのように表れているかに関する分析も大変興味深く感じました。個人的な話ですが、浅野いにおの『おやすみプンプン』を読んだ時、その内容に共感すると同時に「不幸というアイデンティティすらもコモディティ化されるような居心地の悪さ」を感じたのですが、これはまさに実存的な経験や境遇が構造化されていたのだと思いました。

平易な内容でボリュームもそれほど大きくないですが、思考の物差しが一つ増えるという実益がありつつ、文学読み解きパートは読み物として面白く、総じてコスパが良い書籍だと思いました。


おわりに

今年も対して本読んでないですね。まあ活字は嫌いなのでほっといたら本なんて読まないし読みたくないのですが、なんだかんだ年を跨ぐ頃には少なくとも月1冊以上は読んでいる分量になっているので不思議です。書籍というフォーマットは本当に優秀で、ある範囲の知識が有識者により体系化されていて、かつある程度の批判にさらされている情報というのは本当に有意義で、インターネッツググると出てくる謎記事の至極断片的な情報とは比較にならん価値があると感じます。で、結局何がしかの知識をインプットするには本を読むしかない=そこそこの分量の活字の集合体から逃げられない、という感じになってしまいます。早く脳に直接情報をぶち込むインタフェースが登場してくれ。

さて、今年読んだ書籍のレパートリーですが、お引っ越しがあったので、去年の末〜年始にかけては不動産まわりの本をいくつか読みました。正直ポジショントークを疑って穿った読み方をしてしまったのもあって、あまり血肉にはできなかった感じでした。あとは別段ジャンルの偏りはなかった気がします。技術系の書籍は会社の本をいくつか流し読みしてますが、がっつり食らう感じではなかったです。今年中に消化できなかった技術書で、名著と名高い『データ解析のための統計モデリング入門』ってのを読み進めているのですが、これはめちゃめちゃ良いです。絶対に来年の「今年であった〜」に入ります。今年入れられなかったのが残念。

そんな感じで、しばらく「脳みそにダイレクト書籍情報ぶち込みシステム」的なやつが普及する見込みはないと思うので、来年も気が向いたらスローペースに嫌々読んでいこうと思います。