雑記 in hibernation

頭の整理と備忘録

生の煮こごり

3ヶ月ほど前のことです。お子が産まれました。第一子です。全てが順調とはいかなかったものの、結果を見れば母子共に健康ですから、万事こともなしといったところです。

今の世は、というか現代に限ったことではないと思いますが、人ひとりが自力で生きていくにはあまりに辛い修羅の世界です。正直な話、僕はこの世に生を受けることそれ自体が必ずしも幸福ではないと思っていますし、僕自身さっさと現世を全うして、仮に輪廻転生というものがあるのなら、ついでにその円環からも解脱したいと常より思っています。そうした実感の中で子供をこさえることは、罪な行為と指摘されれば反論の余地なく、ダブスタじゃあないか、との批判もまた甘んじて受けざるを得ません。ジョージ秋山先生の代表作の一つに、平安時代末期の大飢饉の中で苦悩して生きる人々を描いた『アシュラ』という作品があります。これに登場する散所太夫という人物は、主人公アシュラの産みの親であり、母親に捨てられて獣のように生きるアシュラを見て、彼を産んでしまったことを激しく後悔し、詫び続けます。僕はこの散所太夫に近い心境で、出産までの約10ヶ月間を過ごしました。この辛い世の中に生を受けたとて、果たして産まれてよかったと思える保証がどこにあろう。成人するまでの間、最低限快適な生活を維持してやれるかもわからない。辛い思いをさせてしまうかもしれず、申し訳がない。とはいえ、子を作る・作らん・産む・産まんといったこの手の話は、当然ながら僕の独断ではどうにもなりません。妻の価値観と擦り合わせての意思決定であり、したがって僕自身が常に自らの人生観と一致した言動をとり続けられるわけではない、という言い訳くらいはさせてください。

そんな心持ちで十月十日より少し短い月日を過ごしまして、今年の秋。その日の天気予報は「曇り」ではありましたが、僕が起き抜けに部屋の窓から見た空模様は、淡い色の青空に幾らかの雲が浮かぶ晴天の様子でした。時世に伴う諸々の事情で僕は出産に立ち会えず、その時を妻の側で迎えることはできませんでした。出産当日の朝、自宅の寝室で待機(a.k.a. 爆睡)していたところ、病院から電話がかかってきて、出産が無事に終わったことを知らされました。お医者さんから身長や体重、出生時刻諸々を矢継ぎ早に聞かされた記憶がありますが、ほとんど覚えていません。寝ぼけた頭に残った情報は「母子とも健康」ということだけでした。でも、それで十分でした。その瞬間は、とりあえず諸々無事に終わったことに安心しつつも、今ひとつ実感は湧きませんでした。

はっきりと心が動いたのは、それから数時間後でした。それは、妻から送られてきた動画で子の様子を初めて観た時でした。一つは、ベッドに寝かされて大あくびをしている様子。もう一つは、看護師さんに抱えられてミルクをがぶ飲みしている様子でした。当たり前ですが、なんかというか、産まれた直後から、いきなり生きてる。いきなり生きてて、しかも生きつづけようとしている。「生」を肯定する超常的なパワーが存在して、それを煮凝りにしたような何かだと思いました。理屈を一蹴された感じがして痛快でした。自分以外のみんなが、辛い辛いと言いながら、それでもなんだかんだで人生を肯定して幸せそうに生きている理由の一端に触れたような気がしました。

僕はもうそれで十分でした。何も解決していません。理屈も道理もありません。所詮は自己満足かもしれませんし、思考停止かもしれません。それでも、満足しましたし、納得したのです。本間丈太郎先生の言葉が頭を過ぎりました。僕ごときが他の生き物の存在の是非をどうこう心配するなど、烏滸がましいことだと思いませんか。あとはお子がどう生きるか、それだけだと思いました。僕はいまだに生きることそれ自体が不幸なことだと思っています。しかし、子がどう生きて、何を感じるかは、最早僕にどうこうできる話ではないのです。ただ、せめて彼女がこの先歩む人生に多くの幸があればと、出雲に座す大神へ、祈るだけは祈っておきたいと思います。